2014年7月19日土曜日

世に棲む日々 司馬遼太郎著 メモ

少彦名神が道後の湯(道後温泉)に浸かり、病苦が去って全快したときに叫んだといわれている言葉
「マシバシ イネツル カモ」
マシバシ=しばらく
イネツル=寝(いね)つる

しぱらく寝ていたようだなあ
という意味

2014年4月7日月曜日

新選組隊士 斎藤一のこと メモ

中村彰彦 エッセイ
弘化元年(1844)元旦生
文久3年(1863)新選組結成

白虎隊記念館(会津若松市)に羽織りと肖像画が所属されている
明治政府樹立後会津藩と共に斗南へ移住
後、東京へ
元会津藩大目付高木小十郎の娘時尾と結婚
正仲人は藩主松平容保
下仲人は家老山川浩、佐川官兵衛
容保より藤田の姓を賜る
大正4年9月28日逝去
享年71才

2014年3月7日金曜日

王城の護衛者 メモ

司馬遼太郎著

会津藩入京
文久2年12月24日
午前10時頃鴨川到着
黒谷の金戒光明寺を本陣とする
浄土宗の一本山で境内は城塞のようだった
幕法により諸藩は京都を通過するのを禁止していた為京都に軍隊が入るのは江戸開府以来約300年振りのこと